L’amour est le miracle
de la civilisation.
――verite Route
side:Heroine
悲鳴。
海が割れる、轟音。
ただ呑み込まれていく客船の影。
(わたしは――)
何もできず、大切な人を失った。
(わたしは絶望を知った)
人々を呑み込んだ後。
冷えた世界に静けさが戻る。
月のない空には無数の星が輝いていた。
黒々とした海は穏やかに凪ぎ、空を映している――まるで黒曜の鏡のように。
祝祭6日目の朝。
昇降機でレセプションに降り、女神像の傍らに向かう。
待ち合わせの相手はすでに来ていた。
「おはよう、レオン」
「おはよう」
王子様みたいに完璧な笑顔。
けど、挨拶の後、彼は少し眉を寄せた。
「……無理してないか? 体調が悪いなら正直に言ってくれ」
「ううん」
否定して微笑む。
「わたしは大丈夫」
そう答えると彼の表情が難しいものになる。
余計に心配されてしまったようだ。
(どうしてわかったのかな? 上手く隠したつもりだったのに)
観念して正直に答える。
「……実は、ちょっとだけ夢見が悪かったの。それだけ。体調は本当に大丈夫だから」
「どんな夢?」
「起きたら忘れちゃった」
強引に話を打ち切る。
レオンは不満そうな顔だけど……。
あの夜のことを詳しく説明しても彼を困らせるだけ。
わたしもあまり思い出したくない。
「早く朝ごはんを食べなくちゃ! のんびりしてたらアエスを待たせちゃう」
「……ああ、うん。そうだな」
その日の夜。
オテルに帰ってきたとき。
シャルルさんに声をかけられた。
「ごきげんよう、プランセス。今日もあちこち走り回っていたのかい?」
「はい」
今、わたしは燃やしてしまった花輪――クロンヌを作り直すため、レオンたちの力を借りている。
「みんなのおかげで必要な材料のある場所は大体わかりました」
彼は面白がるように目を細めた。
「真面目だね。そもそも、例の件は君の責任ではないと思うのだけれど」
「そうですか?」
事の原因は、わたし。
でなければシャルルさんだと思う。
けど、彼は悪びれる様子もなく微笑んだ。
「もとを正せば原書、祝祭、この島が孕む因習によって起きた事故だよ。……ただ、愛らしい君に責任を押しつける形になるのは俺も望むところではない。約束は守るさ」
「ありがとうございます」
彼の言い回しは独特だ。
深読みしようとすると混乱するけど、主旨は優しい。
「明日は時間があるよ。何か俺にできることはあるかい?」
「はい!」
わたしは笑顔で頷いた。
翌日、夜。
わたしたちは、おばあちゃんの遺した家に集まることになっていた。
鍵を持っているわたしの次にやってきたのは、ルディさんだった。
「来てくださってありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「……別に」
彼は不機嫌そうに、そっぽを向く。
「謝罪は前回も聞いてるんだし、繰り返し言う意味はないでしょ。管理局としても、祝祭の最終日までに代わりが完成すればそれでいいんだから」
「……はい」
彼の言葉はありがたくもあり……。
島の人々の気持ちを考えると後ろめたさは消えない。
「僕もできるだけ協力する。まあ、あれから数日でここまで準備を進めたあなたは、褒められていいと思うけどね」
「ありがとうございます。みんなが手を貸してくれたおかげです」
わたしは微笑んで答えた。
すると、ルディさんは何故か不満げに顔を顰める。
「……みんな、ね」
「?」
何が気になるのか。
その答えを尋ねる前に待ち人は次々と集まってきた。
翌日。
本格的な作業が始まった。
「ジャックさんって、手先が器用なんですね」
「そうか?」
彼は意外そうに言う。
手は止めない。
「これくらい普通だろ。むしろ、他が不器用すぎるんだよな」
「確かに……」
わたしは頷く。
「こんなこと言ってる場合じゃないかもしれませんけど……。なんでもできそうな人たちにも不得意なことがあるのって、ちょっとかわいいですね」
大富豪。
シャンソニエ。
管理局長、大学教授。
手作業が苦手だとしても納得の面子だ。
「ま、努力にも限界がある。他の4人が無理そうなら俺がその分、作るから言ってくれ」
「ありがとうございます、ジャックさん」
面倒そうな顔をしているけど……。
自ら苦労を買って出てくれるのは、いい人だと思う。
その日。
それぞれが用事のため、帰路につき――
目的地が同じエヴァンさんとわたしは一緒に帰ることになった。
「フィールドワークは楽しいものだけど、こんな形で土地の文化に触れる機会は滅多にない。ミラージュに来て良かったよ」
「そう言ってもらえると、ほっとします」
「もっとも――」
彼は意味ありげに目を細めた。
「興味が尽きたわけじゃないよ。私としては、さらに面白くなることを期待している」
「面白く、ですか?」
「うん」
エヴァンさんが何を求めているのか。
わたしには想像がつかなかった。
「?」
そのとき。
わたしは雑踏の中に顔見知りの姿を見つけた。
「……アエス? どこに行くの?」
声をかける。
すると、彼女は静かに振り返った。
「……うみが、みたくて……」
その答えが――
訪れる変化の引き金になることを。
わたしたちは、まだ、誰も知らなかった。






